中国de音楽4

中国在住の日本人音楽家による、日々の日記です。

お正月

 金曜日、今日が旧暦の1/1、つまり日本で言う所の元旦である。 でも中国でも新暦の1/1の事を元旦と呼ぶので、元旦という書き方は違うな。まぁ何はともあれお正月である。コチラに住む日本人的には年に2回お正月があるみたいで得した様な損した様な?変な気分である。イワユル元旦から旧正月までの約1ヶ月くらいのモラトリアムな時間が、日本人的には新年会、中国人的には忘年会の連続という、長〜い『お正月月間?』という感じでダラダラした期間なので、イマイチ仕事もユルい。

 さて、今日は妻と息子が田舎に帰省するので荷物を担いで朝から上海南站へ向かった。今回ワタクシは何となく体調が悪いのと、ヤル事が山盛りなので帰省しない事にしたのだ。なので今回は荷物持ち&見送りのみである。

 南站は相変わらず規模がデカい。何かのSF映画みたいだ。空から円形のUFOが降りて来てすっぽり包んでしまった感じ?

 風邪っぴきのワタクシは帰宅後は一歩も外に出ずに、ヒタスラ家の模様替え?というか自分の部屋の単なる片付けを行った。
 一番の課題は、最近ほぼ『全く』と言っていい程、使わなくなってしまったラック式のMIDI音源モジュール類である。最近の制作現場は殆どがソフトウェア音源になってしまったので、今や年に数回しか火を入れないのだ。故にスペースばっかり喰って単なる重し!?にしかなっていない。

 考えてみたら10年前に比べて制作環境は大分変わったモンだ。シンセサイザーやら音源モジュールが全てパソコンの中に入っちゃうんだから驚きだ。…とは言えレイテンシーや安定性を考えると音源モジュールも捨て難い。音の太さ等もやっぱりハード音源の方が良い場合が多いしね。ただコレ、人間の『だらしなさ』…というか、良く無い傾向だとは思うんだけど、やっぱり『面倒』なのだ。一度便利な方法を体験してしまうと元には戻れなくなるのが人間のサガ?なのかもしれない。

 ソフトウェア音源の良い所は、やはりオフラインバウンスと、リアルタイムのオートメーション性にあると思う。特にオフラインバウンスの時間短縮っぷりさは尋常ではない。

 以前の様に外付け音源モジュールを多用した制作方法だと、必ず TDの前に『流し込み』という不毛な作業が入る訳だ。例えば5分の曲で、シンセのトラックが 24トラックあったとしよう。もし仮に、全ての音源がマルチティンバーを使わずに『別々の』24台のハードウェアで、しかも卓に全てパラで上がっていて、それを24ch同時に録音できる様な環境があれば、流し込みも5分で済むのだが、通常はそんな環境はマズありえない。
 ハードディスクの性能や安定性、また自分が録音する際のレベル合わせ等の注意力を考えると、経験から言うとせいぜい同時に録音できるのが 4chくらいなのだ。故に 5分の曲だと、最低 6回コレを繰り返すので、単純に音源をトラックに並べるだけで 30分必要なのだ。しかもトラックをミュートし忘れたり、変なエフェクトも一緒に録音されちゃったり、あるトラックだけレベルオーバーしちゃったりして、ほぼ『必ず』と言って良いほど何度かやり直す羽目になる訳で、そうこうしているウチに、あっという間に2時間が経過していたりするんだな。

 また、24トラックあっても、あるトラックには途中の1部分しか音が入っていなかったりすると、その前後は丸々『無音』が録音されてデータの無駄になるから、結局、途中で『継ぎはぎ』して録ったりするのだが、そうすると今度は『録り忘れ』が生じたりするし。バスで回してるエフェクトが入らなかったり(あるいは入れたく無いのが入っちゃったり)して、もうシッチャカメッチャカになって一人で腹を立てる事も屢々。結局『全然クリエイティブじゃない作業』に丸一日を費やしてしまう事になる…というのは良くある話だった。

 しかし、音源が全てソフトウェアになると、話は大分変わって来る。まず、CPUが許す限りそのインストゥルメンツトラックは最後までそのままオーディオトラックと同じ扱いで処理できる点(設定も何もかもが同じセッションファイルに保存され、再現性もほぼ100%なので、もし同じPC上でTDするなら、わざわざ流し込む必要は無い(まぁココで CPU喰われたら TDの際に挿せるプラグイン数が減るから、普通はあまりヤラナイけど))
 もし外部のレコーダーを使ったり、別の場所でTDを行う…等で、頭合わせのオーディオデータが必要な場合は、上記ハードウェアの時みたいに一々配線してフェーダーに立ち上げて、何度も録音を繰り返す…なんて事は一切しなくて良くて、それこそボタン一つで5分待たずに約10秒程度でトラック毎に奇麗でノイズレスなオーディオデータに変換(オフラインバウンス)してくれちゃうのだ。
 この画期性ったら無い。本当に素晴らしいと思う。今までMIDIからオーディオへの、言って見ればわざわざ録音の『し直しを』する作業は、もうやらなくて良いワケだ。

 制作時間や手間を考えると、そりゃ昔の方法に戻れなくなるのは自明である。 但し勿論弊害もあって、音源を外のアナログの卓にあるヘッドアンプやプリアンプを通した時に起きる、良い意味での『訛り』や『味』と呼べる倍音の変化が全く無くなってしまうので、外的要因が入り込む余地が無くなってしまうし「偶然に入り込んだノイズが凄く格好良いのでコレ採用!」という嬉しいアクシデントにも遭遇しなくなる訳だ。ゆえに、ツルッと音が良いだけのイマイチ『面白味』が無い(誰が作っても大差ない)音源が出来てしまう…と言えなくも無い。

 なので未だに玄人エンジニアさんは『PCの中で完結するミックス』を好まないし、TDの際にわざわざアナログのアウトボードにセンドリターンする訳だ。どんなにプラグインのシミュレーターが良く出来ていたとしてもね。


 …とは言え、これらはエンジニアの話であって、クリエイターにとってはメリットの方が絶対的に大きい。制作に費やせる時間が直接的に増える事を意味するし、何よりdemoと本番の差がどんどん縮まって来た事を意味するからだ。つまり本来ならトラックに落とし込んでしまったデータ(オーディオ化しちゃったデータ)に「あ〜ココもっとこうしとけば良かった!」という点を見つけた場合、古いハード音源を使ってる場合は、時間的にそれを修正してからまた流し込みをして…という事は限りなく不可能に近い。
 しかし、ソフトウェア音源ならば、そのトラックの音源に入ってるシンセのローパスフィルター1つを後から調整する事だって『一瞬で』可能なのだ。極端な話デモの段階まで戻って修正する事だって出来る訳だ。こりゃ素晴らしい…としか言いようが無い。

 でも良い事ばかりじゃない。コレが何を意味するかというと、エンドレスなループに陥る可能性がある…という事だ。そりゃ予算と納期がある仕事の場合は、どこかで誰かが線を引くだろう。でも個人で、あるいは純粋な芸術性を追求しお金や時間に糸目を付けず「最高の物を作ろう」としている様なシチュエーションでは、時間軸によって一切風化しないネタを元に永遠に作り続ける(修正し続ける)ループに陥る危険性がある。…って事だな。ノンンディストラクティブ編集の怖さである。
 今日『最高!』と感じた曲でも、明日は『最低』と感じるかもしれないのだ。人間ってそんなもんである。しかも自分に対するジャッジが一番厳しいから質が悪い。こういう事を繰り返していると、一生作品なんか出来ない。


 さて…何だか下らない内容が長くなった。いやぁ…要するに暇なのだ(笑)

 で?結局このハード音源類をどうするかって? そりゃ処分はせずに、このまま『重し』として暫く置いておく事にしたのは言うまでもない。これから先の10年のウチ、何回使うか分からないケドね。。。