中国de音楽4

中国在住の日本人音楽家による、日々の日記です。

分岐点

 月曜日、上海は曇りのち晴れ、気温は 33度。

 朝 5時半に何の脈絡もなく目覚める。そして二度寝を試みるもやはり惨敗したのでそのまま起床。
 家族を起こさない様にノンビリと朝の準備をして、午前 7時半には家を出て松江某所までの通勤旅行。本日は今まで通っていた某社の最終出社日なのだ。なんだかとても複雑な気分である。

 地下鉄 9号線の松江大学城駅から見る景色もコレが最後かと思うと感慨深い。イツモ同じ方向ばかりじゃツマラナイから、今日は右側の景色を撮ってみた。この先には路面電車の列車の車庫があるのだ。空は雲が複雑なレイヤーを重ねていて不思議な雰囲気を醸し出していた。

 オフィスに到着した後は、一旦自分のスタジオに荷物を置き、その後はグループの自席に戻って(普段は 100%スタジオで仕事しているのだが、一応チーム側にも形だけワタクシの席が残っているのだ)自席の抽斗類を確認してゴミを処分したりする。まぁ前回ここも整理してるので大したものは残ってない。

 その後はまだ朝 9時半だったので、社食に行って最後の朝食をば。

 この 4元の中華モーニングも今日が食べ収めか…と思うと感慨深い。

 食後は再び自席に戻って、今や完全にリモートアクセスでしか使っていない Windowsパソコンの整理(データ削除)と退库処理である。全ての資産は会社の資産DBに入っていて、社内管理システムにて一括管理されているので、稟議を待って OKになれば IT部門の人が勝手に取りに来るのだ。よくできたシステムだ。
 これも以前リモートで全部中のデータ整理は完了していたので、念のため軽く再確認をした後は、資産番号を確認して物理的にケーブルを抜いたりする作業のみである。

 皆がそろそろ出社してきたのでアチコチ挨拶回りをして、その後はこのロックダウン中に最もお世話になった寮の管理の担当者にアポとって 1期のビルまで歩いて会いに行った。手土産にシーバスを一本持って、今回の不義理を詫びる(あーんなに親身になって 2ヶ月も世話してくれたのにロックダウン開けた途端に逃げ出す?様に出て行くんだからね)軽く立ち話をしたが、嫌な顔せずに笑顔で送り出してくれた。握手なんかして笑顔で別れた。あーもぅ。ほんと良い人ばかりで泣けるぜ。

 そして帰りに寮の管理事務所に寄って退寮手続きを行い押金を返却してもらった後、2期のオフィス棟まで戻ったら、あっという間にお昼になってしまったので、同僚たちと一緒に社食棟まで歩いて最後の昼食に出た。

 食後はスタジオに戻って Macの最終整理&起動確認である。起動時にオーサライズエラーが起きるプラグイン(ライセンスが私の個人iLokにしか入っていないプラグイン)を全部(Macintosh HD > Library > Application Support > Avid > Audio > Plug-ins(Unused) に移動する作業をチマチマと行う。
 本来、ウチの部員たちは「そのままライセンス抜いておいてくれればエラーが出ても全然 OKですよ!」と言ってくれたのだが、起動時に一々エラーメッセージが出るのは精神衛生上よろしくないじゃん? 日本人的には『立つ鳥跡を濁さず』ってねw 美しくスルッと ProToolsが起動する様にちゃんとメンテしてから受け渡す!(無駄な!?)日本人的美学w

 そして約 2時間ほどでコレが完了した後、スタジオを管理している同僚を呼んで Macの接続に関する説明を簡単にする。この部屋は今後共有スタジオにする予定なので誰が使っても問題ない風にアレンジしなおしたのだ。コレが完了して、ようやく全ての作業が完了した。

 その間も次から次へと部屋に同僚たちが 2-3人ずつ訪れて、軽く話をしたり記念写真を撮ったりして過ごす。みなホントに悲しんでくれているので心が痛いわ。。。

 そして、艺术中台の秘书に最後の紙(上長のサインが入った書類)を提出し、HR部門の担当に最終確認を行いオールクリアになったので、改めてサウンドグループに行ってメンバー全員に軽く挨拶して部屋を後にした。最後に1Fの総合受付にて社員証 IDカードを返却したら急に体が軽くなった気がした。

 直属の上司が「クルマで駅まで送りますよ」と行ってくれたので遠慮なく送ってもらう事にした。

 午後 5時、9号線の駅に着いて別れを告げ、ようやく一人になったらドッと疲れがやってきた。駅を見上げて少しため息。ココに来る事ももう暫くは無いだろうな。きっと。

 帰りの地下鉄に揺られながら色々考えるも、まぁ何もカモが『イマサラ』なので一人失笑。こりゃ腹を括って前を向くしか無いわな。なんでもカンでもロックダウンのせいにするのは好きじゃ無いが、ロックダウンが無かったら今回のこの展開は無かっただろう。まいっか。

 帰宅後は妻と息子の口喧嘩の喧騒に癒され…もとい、現実に戻された。あはは。

 そんな訳で 2022年の6月20日、再びまた一つの分岐点を迎えたワタクシである。痛快なりゆき人生。あらあらかしこ。
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