中国de音楽4

中国在住の日本人音楽家による、日々の日記です。

新天地という街

 木曜日である。チョット気の早い『年末』感!? が漂って来て良い感じに忙しくなって来た。
 仕事を終えてから、今日は地下鉄に乗って新天地まで行って来た。ココは何と言うか二昔前の銀座というか六本木かなぁ?そうだ、80年代後半〜90年代前半の、外国人ばっかり沢山ウロウロと遊んでいた六本木に近いかな? とにかく欧米人が多く、欧米人や金持ち上海人がお金をジャンジャカ落として遊ぶ様な街である。
 なんでまたそんなトコにわざわざ行ったか?というと、『HARUTA』の靴を買おうと思ったのだ(笑)
 実はワタクシは実は大昔からローファーが好きで、気付けばローファーばっかり履いているのだが、何故かメーカーは殆ど『HARUTA』だったりする。ワタクシにとってはREGALよりもHARUTAなのだ。HARUTAの『906』という同じデザインのローファーを(何度も買い替えつつも)同じ物ばっかり、かれこれ30年近くも履き続けている。それくらいコレがワタクシの足に『しっくり』来るので好きなのだ。
 で、偶々今日ネットで『実はHARUTAの正規代理店が上海に有る』という事を知って詳しく調べたら、新天地に居を構えているらしい…という事で、今持っている2足の『906』がもうボロボロなので、許容できる価格だったら買っても良いかな?と思って、お店を探しつつ行って来た訳だ。

 新天地は相変わらずバブリーでオシャレポンチで、しかも西洋人ばかりだった。なぜかモーガンが置いてある店があったり? コレ何屋さんなんだろ??

 そして、ようやく見つけました!ハルタさん。いやぁ…嬉しい!!!

 でもお店は超小さくて、一間しか無く、種類も非常に限られたものだった。ゆえに『906』は無いかなぁ…と思って、半分諦めながら探してみたら…有った! でも値札が無い。仕方無いので店員に聞いたら、何と1400元もする(汗)うっひゃ〜 約22,000円ですよ。日本だったら2足買えてしまう…。うーむ。。。。約10分程悩んだが、やっぱり買うの止めて帰って来た。よくよく考えてみたら別に今有る靴がもう完全に履けない訳でも無いし、次の帰国時に同じ金額で2足買った方が賢いわな。

 そんな訳で、結局無駄足ではあったが、目的を運動不足解消にシフト! なので歩いて帰る事にした。

 帰りに淮海路を歩いていたら時計の修理専門店ができていた。中をチラッと覗いたら機械式アナログ時計の修理工房の様になっていた。

 ワタクシはナニゲに中国人技術者(特に修理の分野)の技術レベルを結構高く評価している。日本人の友人達にこの話をすると必ず反論されるが、でもワタクシは評価している。
 約10年この街に住んでいいて思うのは、中国人は実は手先が器用な人が多いと思うのだ。しかし多分教育のせいだろう。メンタリティというか、責任感とか『サービスに対する概念』の様なモノが完全に欠落している人が多く(まぁ、そういう部分を学校で教えてないのだから仕方ない)『楽して(ズルして!?)稼ぐのが最も偉い』という文化なので、こういう修理工の様な仕事は苦労の割にお金にならないからブルーカラーというか、何につけ『下』に見られがちなのだ。
 しかも、何事も『行き当たりばったり』で論理的な思考が弱い人が多いので(これも詰め込み教育の所以だと思うが)彼らに修理なんかそもそも出来ないんじゃないか?とフツーは考える。実はワタクシも最初はそう思っていた。

 ところが、今まで中国人エンジニアによる色々な修理現場に立ち会って来て、その思いは悉く覆される事になったワケだ。こと機械修理に関しては、正直『凄い』と言わざるを得ない。躊躇しない潔さ…とでも言おうか?日本人って『転ばぬ先の杖』じゃないが、失敗した先の事を心配して、机上での検証に検証を重ねてから作業に入るが、コッチの人は基本的に『何とかなる』と思ってスグに作業に入る。そして本当に『何とかしちゃう』んだな。彼らにとって『機転』というか『手段の幅』が非常に広いのに驚かされる。でも一つ一つは超シンプル。作業は至ってシンプルで真っすぐ。しかも効率的だ(効率しか考えていない風にすら見受けられるが、見てると実に的を射ている事が多い)故に作業が早い。やってから検証。不具合の修正。
 こんな風なので、ソフトウェア制作の様な論理構造が複雑極まり無い作業に関しては向かないが、基本的にハードウェアの『機械もの』って、いくら構造が複雑でも、一つ一つの機能はシンプルなものが多いし、それの組み合わせだったりするので、それ故彼らには向いているのかもしれない。

 でもここで勘違いしちゃいけないのは、『構造の複雑さ』と『論理を必要とする複雑さ』というのは全然違う…という事だ。歯車が一つ一つ繋がってモノが動く様なものは、例え1万個の歯車があっても彼らは作業できるし理解できるし、つまり修理できる。でも、条件分岐がある様なモノ(機械モノでは少ないが)に関しては、基本的に2種類以上の推察が苦手らしく、AというパターンとBというパターンに関しては作れるが、AとBが同時とか、Bが先でAが後に来る事が起こりうる…とか、Aに不具合が生じれば、おのずとBにも影響が生じる…といった部分は、想像できないので見落としてしまう事が多いのだ。これは『想像できない』のであって、言えば分かるし、不具合が発生すれば分かる。でも何度やっても同じ過ちを繰り返す。だから『やっぱり中国人は駄目だ…』と思われてしまいがちだが、私は決してそうじゃないと思うんだな。コレって、中国の教育において『想像する』という部分を完全にカットされているからだと思うんだ。ま、カナリ乱暴な解釈かもしれないけどね。

 彼らが想像力や論理性を持ったら凄いパワーを発揮する気がする。日本人って(日本人に限らず世界中かもしれないが)ハナっからダメだと思ってない? それこそ一朝一夕には行かないが、叱らず、腹を立てず、草の根的にジックリ教えて行けば変わる気がするんだけどなぁ…。ま、確かに労力の割に得る物は少ないかもしれないけど(直ぐ辞めちゃうから)

 …とか何とか!? そんな事をボンヤリ考えながら歩くキンモクセイの香りが漂う秋の夜、散歩は脳を心地よく刺激するから良い。