中国de音楽4

中国在住の日本人音楽家による、日々の日記です。

ワイゼンボーンの収録と滴水洞

 日曜日である。昨夜も遅かったので全然疲れがとれていないが、今日はお昼からワイゼンボーンの収録が有るため、午前中から録音用のセッションデータを作成する。
 しかし、なぜか私の MacBook Airで ProTools10が起動しないというトラブルに見舞われる。突然 iLokを認識しなくなってしまったのだ。
 まさか壊れた? こんな時に? と思って一瞬焦った。しかし『iLok License Manager』のバージョンが古い旨のメッセージが表示されたので、取り急ぎダウンロードを開始する。iLokは今までは Webページ上からシンクロしていたのだが、最近はアプリケーションを使ってシンクロする様に変わったのだ。コレによって却って色々と面倒臭くなったと感じるのは私だけだろうか?
 まぁ不正コピーを駆逐するためにイタチごっこは続くんだろうけど、利便性と天秤にかけると中々良い方策では無い気もして来た今日この頃である。しかも、中国からiLok.comへの回線速度が異常に遅く、たった60Mbyte強のデータを落とすのに1時間以上もかかる…と表示された。しかも途中で回線が切れてしまったりして、遅々として進まない。困ったモンだ。
 仕方ないので、まずメインマシンの MacPro側でセッションデータを作ってからコピーしようと思い、iLokを移動したら、MacPro側ではフツーに起動したので一安心。どうもiLokに問題があるワケじゃなさそうだ。
 「ん?いや待てよ…? ひょっとすると、例によってまたUSB3.0関連の不具合じゃないの?」と思い、MacBook Airに直接 iLokを差さずに USBハブを噛ましてみた。するとどうだろう!すんなり認識したじゃないか。いやはや、こんなんで2時間近くも無駄にしてしまった。
 USB3.0はレガシーの2.0対応ハードを差すと色々と相性があるので困りモノである。ま、何れにせよ原因が分かって良かった。フツーに起動したのでレコーディング用のセッションファイルを組んで、慌てて荷物を纏めてイツモの店へ向かう。

 そして時間ギリギリで店に到着。今回のアーティスト『こいけじゅん』さんはシンガーソングライターなのだが、ワイゼンボーンも弾くらしく、今回はこのワイゼンボーンの収録なのだ。
 お恥ずかしい話、ワタクシはワイゼンボーンという楽器を生まれて初めて見た。以前、アナムさんのアルバム収録の時にこの楽器の事を知ったのだが、コレの収録は日本側で行われた為、実際に弾く所を見た事が無いのだ。

 どうやら普通のギターを横にした様な形でネックの裏側までボディの一部になっていて箱形をしている。しかもフレットは無く、ボトルネックの様なもので押さえて弾くらしい。チューニングはオープンチューニングで、ハワイアンスチールギターの様な音がするが、ボディが木なのでスチールよりずっと柔らかくて優しい音がするのだ。

 素晴らしく良い響きなので、この店の自然の響きが合うと思ってココで録る事を選んだのだが、実際に録り始めてみると、ピックでは無く指弾きゆえ、想像していたより楽器の音がずっと小さいので苦労した。
 何に苦労したか?というと、街の騒音である。フロアノイズの様なモノは基本的にマスキングされてしまうので、それほど大した問題にはならないが、問題はクラクションである。たった8〜16小節録るだけなのに、そこを狙った様にクラクションを鳴らす輩が居て困った。
 普通ロケ等で『飛行機通過待ち』とかは良くある話だが、ギター収録で『クラクション待ち』というのは聞いた事が無い。ま、実に上海らしいって言えばらしいけどね(苦笑)ほぼ10秒〜20秒感覚で、どっかしらの車がクラクションを鳴らしてるってアリエナイよなぁ。カナリ閉口した。

 まさか楽器の音がこんなに小さいとは思わなかったので、こいけさんには無駄なリテイクをお願いする事になり、大変ご迷惑をかけてしまったが、何とか(騒音的にも)イケそうなテイクの収録が完了。いやぁ…冷や汗かいた。いくら響きが良くてもコレじゃ困るわなぁ。。。今後色々と検討しなきゃ。

 収録後は「折角だから…」という事で、こいけさんの弾き語りも一曲収録。これは店のアコギを使ったので、ノイズは全然問題無いレベルで奇麗にとれた。やっぱりココは、オフマイクだけを生かしてリバーブも何もかけずに録ったチャンネルが一番良い音している。ホント不思議な空間だ。

 今回の機材は例によってココ数年オキニでずっと使っているOCTA-CAPTUREをメインに、外部クロック(シンクジェネレータ)を追加している。先日の札幌の仕事の時に、改めてワードクロックの重要性を思い知り、収録の時こそマストアイテムだな…という事を痛感したのだ。

 「一台のI/Oだけ使うのに、外部シンクなんて要らないじゃん?」「そもそもコレって複数の機器のワードクロックを同期する機械でしょ?」って思う方も多いと思うが、実は全然違う。特に民生機のオーディオインターフェースは、USBであれ、FireWireであれ、ホストコンピュータの『CPU』を使ってクロックを生成しているのが殆どなのだ。つまりCPUの負荷によって、ワードクロックのタイミングは微妙にずれてくる。
 かく言うワタクシも、クロックってモノは何であれ、基本的に水晶発振だし、故に 44.1KHzは絶対44.1KHzだし、48KHzはずっと48KHzだと思っていたのだが、先般の札幌の花火大会で30分という長尺のセッションファイルを2台の Mac(それぞれ別系統のI/O)で同時スタートしたものの、最終的に20分を越えた頃から耳で判るくらいズレ始めたのだ。そして「全く同じセッションファイルなのでズレる筈ないのだが…まさかワードクロックが原因か?」と思って S/PDIFを使って同期してみたら、カチッとシンクロして1時間放っておいても全くズレなくなったのだ。これは恐ろしい事である。再生時のCPUの負荷で時間軸が微妙にヨレる事を意味するからだ。
 再生時だけならまだ良い。仮に収録時に記録されたファイルが正しければ、オフラインバウンスや別の高精度のI/Oを繋いで再生すれば奇麗に再生されるからね。しかし録音となったらハナシが違う。録音時のCPUの負荷によって、モタったりハシったりしたデータが記録されてしまったら、そのデータは一生元には戻らない。つまりミュージシャンのグルーヴとは全く関係ない所で、機械が勝手にグルーヴしてくれちゃう様なモンだ。まるで昔のテープレコーダーで言う所の『ワウ・フラッター』みたいである。

 そんなワケで、最近ワタクシは自分が関わるほぼ全てのセッションにクロックジェネレータを導入している。そもそも、OCTA-CAPTUREは USBドライバ周りが秀逸で、ワードクロックもUSBのラインとは完全に別系統で(つまりホストPCのクロックは使わずに)I/O側にオーディオ専用のクロックを積んでいるので、この様に外部クロックを使う必要は無いのだが、収録〜ミックス(TD)〜マスタリングに至る過程で、他のI/Oで作業する事があったり、少々野蛮な取り回しで外部機器を挟む事も有るワケで、その際に、このクロックジェネレータを持ち歩けば、毎回『最初から最後まで 100%全く同じクロック』が使える為、デジタル領域では完全に一切ブレの無い収録をする事が可能になるからだ。

 まぁ、こんなの『理論的に』そうであって『実際の音は』大差ないだろう、と思ってらっしゃる方も多いと思うし、ワタクシ自身も半信半疑で使っていたが、使い込むにつれて明らかに音が良くなってる事を実感している。録り音に関しては、倍音の多い生楽器を録ると如実に違うし、再生時はもっと切実で、今まで悩みだった『気のせいだろう』という部分が実は気のせいでは無かった事に気付いたのだ。
 特にDigi003等を使って巨大なセッションファイル等のTDをしている時に、今までは『全く同じセッションデータを再生しているのに、何だか毎回音が微妙に違う気がする…』とか『昨夜は完璧なミックスだったのに、今朝聞いたら何か違う!』という事が多々あったのだが、クロックジェネレータを導入してから、こういう悩みは殆ど無くなったのだ。
 もしこういった悩みに何となく身に覚えがある諸兄は是非クロックジェネレータの導入を検討してみて欲しい。ちょっと前までは非常に高価で 20万円以下のモノなぞ無かったが、この ART社の SyncGenは今は 15,000円くらいで買えるので、失敗してもそれ程痛くは無いでしょ?(笑) 安かろう悪かろう?と思われるかもしれないが、ワタクシの個人的感想から言わせてもらうと、コレは導入して大正解だったと思ってるし明らかに音が良くなってる事を実感している。
 要するに何が重要かって『録りからミックスまで同じクロックを使う事』だからだ。そもそも、民生機に入ってるクロックなんて、そんな高価なモノは入っていないワケで(下手すると15,000よりずっと安価な物が使われてる可能性がある)それを外付けにしただけ…と考えれば、この安さも納得できる。確かにクロックの質は20万円の物に比べたら雲泥の差があるかもしれないが、音質云々の前に、同じクロックで揃えましょうよ!という意図としては絶対に正しいし、必要だと思うのだ。

 さて、何だか久々に熱く語ってしまった(苦笑) こんなコアな内容、関係ない人にはドーデモ良い事だわな。失礼失礼。

 収録を終えてから片付けをして一旦家に戻って荷物を置き、夕方からは以前の上司に会いに滴水洞に向かった。久々に合った元上司は元気そうだった、今回仕事ではなく完全なプライベートで遊びに来たらしい。色々と近況報告や昔話に花を咲かせる。

 食後はイツモの店に移動して色々な話で盛り上がった。皆それぞれの道を頑張っている。私も頑張ろう!