中国de音楽4

中国在住の日本人音楽家による、日々の日記です。

花坂美里/上海ラストライブ@KaiXinGuo

 土曜日である。今日は台風の影響か曇っていたが相変わらず暑い上海である。
 朝8時に起きて今夜のライブで使用する機材の整理をして持って行くものと置いて行くものを振り分けた。今日は比較的ライトなセッティングなので楽だろうと思っていたのだが、ドラム教室で使う荷物もあるので結構な量になってしまったので、やっぱり地下鉄ではなくタクシーに乗ってまずは温故知新に向かった。
 午前11時過ぎに到着し、簡単に昼食を済ませてからドラム教室のレッスンに入る。本日は4コマ。終了したのは午後4時過ぎ。結構ヘトヘトである。
 温故知新の1階では、お昼のアフタヌーンライブを演っていたので観たかったが、ゆっくり観ている暇も無かったので直ぐに荷物を纏めて今度は开心果の本店(1号店)に向かった。今日は花坂美里さんのライブがあるのだ。彼女は既に帰国が決まっており、今回が最後のライブとなるそうな。とても才能がある人なので実に残念である。

 午後4時半過ぎにお店に到着。そして直ぐに店長のタカさんとセッティング開始。セッティングしながら二人で色々話しをしたのだが、前回 GacharicSpinさんのライブを無事クリアした我々は、何となく自信がついた…というか、不思議と何をするにも余裕がある。「やっぱり経験って大事だよね…」とか何とか?話しながら楽しくセッティング。

 そして午後5時過ぎからメンバーが続々登場。午後5時半過ぎ、リハーサルを開始しようとした瞬間に大ハプニング発生! 何と、今回ゲストでお呼びしたバイオリンのあみさんがタクシーの中にバイオリンを忘れてしまったらしい。しかもカードじゃなくて現金払いで領収書も貰って無いとの事…つまり車を特定できる情報が何一つ無い訳だ。… 一同騒然となる。

 ココで一人落ち着き払っていたのは店長のタカさん。テキパキとアチコチに連絡し出す。タクシー会社だけは判っていたので、直ぐに大众に電話して中国語で詳しく状況を説明して色々と手配してもらっていた。サスガである。こういう時に人間の本質って出るね。
 半泣きのあみさんを皆で「大丈夫!きっと見つかるよ」と口々に言って励ますものの、…とは言えココは中国である。高そうな物は直ぐに転売されてしまう。仮にタクシーの運転手が見つければ良いが、次に乗ったお客さんが悪い人だったら尚更である。不安は拭えない。

 そんな訳で、とりあえずバイオリンのパートだけ抜いてリハーサルを開始した。

 ワタクシがPAを担当する際、基本的に『演奏者』に聞こえるモニター音のバランスや音質をメインに考えて音を作っている。PAというのは本来ならば『お客様が』聴く音を重要視しなければイケナイのだが、ワタクシは自身が演奏者でもあり、演奏者がライブでどれだけストレスを抱えて演奏しているか知っているので、申し訳ないがお客様よりも『演奏者が良い演奏を出来る事』の方がプライオリティが高いのだ。
 どんなに多くのお客様が入って、どんなに立派な会場だったとしても、ストレスを抱えて演奏した演奏に良いテイクは殆ど生まれないと思っている。今までの経験上、ライブが終わった時にメンバー同士での会話で最も多いのは「何も聴こえなかった、全然わからん、リハと全然違う」みたいな声を非常に良く聞くし、自身もライブが終わって「いやぁ…最高だったね!」とメンバーと笑顔で讃え合える事なんて非常に少ない。それに、ことお客様視点に立っても、お客様が欲しいのは『感動』だったり『良い演奏』であって『オーディオ的な良い音』じゃ無い気がするのだ。(勿論、聴くに耐えない音質というのは論外だが)良い音はそれこそ、高いステレオ装置でCDで聴けば良いしね。ライブというのはその『場』でしか聴けない音の『魂』を感じて楽しむ場だと私は思っているのだ。
 そんな訳で、ちょっと非常識かもしれないがワタクシは中音(モニター)重視で作る事を心がけている。そのためイツモは外音を落として、まずはプレイヤー側のモニターの返しだけを出して音を作り、それが決まった後に外音を作るのだが、そこでの悩みは、往々にして中音を作った時点で殆どのリハの時間を使い果たしており、外音を作るだけの時間が残っていない事だったりする。
 小規模な会場の場合、中音が完璧でも、外音を出した時点で、壁からの反響によって発生する新たなハウリングがあったり、中音から会場側に漏れる音の周波数帯域が、メインスピーカーの特性を邪魔して変な音に聴こえたりする事が非常に多い。(中音だけで十分バランスがとれていたりすると、外音を上げなくてもカナリ出ているので、会場側にその音が漏れ、メインスピーカーの音と混ざって妙なディレイと位相の違いとが相まってグチャグチャな音場ができて、非常に『音が悪く』感じる事がある)

 今回は音数も少ないし、何より日本でメジャーデビューしている美里さんの上海での最後のライブである。本人もだが、お客様にとっても自分の娘を嫁に出す様な!?気分の方も多い筈だ。そんな訳で、思い出に残る様な良いライブにするため、今回はメンバーにもご協力頂き、外音(お客様が聴く音)にも細心の注意を払いながら、会場やステージを何十往復もして、ちょっと時間をかけて音を作ってみた。

 リハの途中、タカさんの携帯が鳴り、朗報が入る。何と!さっきタクシーに忘れたバイオリンが見つかったとの事。狂喜乱舞?じゃないが皆で喜び合う。いやぁ…上海も捨てたモンじゃない。こりゃ縁起が良い。今日のライブは成功するに違いない…と皆が確信した瞬間だった。
 とは言えリハーサルには間に合わなかったので、バイオリンの音だけは作れなかったが、それ以外はまずまず満足できる音になった時点で開場となった。30分遅れでの開場となったが、タカさんも快くOKしてくれたので良かった。

 そして本番。美里さん登場。しっかりとした世界観を持った詩の世界と美しい歌声で、途中で何度も泣きそうになった。いやぁ良い演奏だ。

 途中で、ゲストボーカルのマキさん登場。

 ファーストステージの最後はピンで立って、心を込めて歌う。感動。

 そして15分の休憩を挟みセカンドステージへ。聴く人の心を動かす素晴らしい演奏が続く。
 最後の曲が終了した時点で割れんばかりの拍手。そしてアンコールとなる。ラストはバイオリンのあみさんを加え、デビューシングル曲『ママに会いたい』を歌う。

 拍手喝采で無事に本番終了。いやぁ…良かった。素晴らしい演奏だった。
 個人的にはバイオリンの音作りだけが満足できなかったが、まぁリハしていないのだから仕方ない。…というより何よりバイオリンが出て来た事だけで奇跡に近いのでヨシとしよう!

 終了後は11時過ぎまで开心果で皆と談笑、その後は美里さんとマキさん、マルケンさん、ケイコさんと5人で中華料理屋に移動して午前1時くらいまで打ち上げ。いやぁ…良い仕事した後はお酒が美味しい!お客様の笑顔が何よりの宝物である。

 美里さんはこれで日本に帰ってしまうが、新天地でもきっと頑張って良い歌を届けてくれるだろう。応援してます。頑張って!